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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21011号 判決

原告

株式会社トーカン

右代表者代表取締役

横山好治

右訴訟代理人弁護士

飯野信昭

被告

大成建設株式会社

右代表者代表取締役

山本兵藏

右訴訟代理人弁護士

大内猛彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

被告は、原告に対し、金二四三六万三六四〇円及びこれに対する平成六年一一月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (本件貸金の存在)

原告は、平成五年一二月二〇日から、訴外ショーリン建設株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、数回にわたり、金員を貸し付け、平成六年三月末日当時、訴外会社に対し、元金六八九六万五三三一円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)を有していた。

2  (本件譲受債権の存在)

訴外会社は、右当時、被告に対して、次のとおり請負代金債権合計金四二八六万八六〇〇円(以下、一括して「本件請負代金債権」という。)を有していた。

(一) 平成五年一一月五日締結した七号線市ケ谷一工区土木工事の専門工事請負契約

(1) 金一六四四万九一〇〇円(弁済期 平成六年四月三〇日)

(2) 金二六二九万五九〇〇円(弁済期 平成六年五月三一日)

(二) 平成六年三月三日締結した七号線市ケ谷一工区土木工事の専門工事請負契約

金一二万三六〇〇円(弁済期 平成六年四月三〇日)

3  (債権譲渡)

原告は、平成六年四月六日、訴外会社に対する本件貸金債権を担保するため、本件請負代金債権(一)(1)と(二)の全額及び(一)(2)の内金二六一一万四六二〇円の合計金四二六八万七三二〇円(以下「本件譲受債権」という。)を譲り受け、訴外会社は、同月八日被告に到達した内容証明郵便により、本件譲受債権を原告に譲渡する旨通知した。

4  (被告の弁済・供託)

被告は、本件譲受債権(二)の金一二万三六〇〇円については譲渡禁止の特約が付されていないとして、原告に対しこれを支払い、また、同債権の(一)(1)全額及び(一)(2)の内金一七五万〇九八〇円の計一八二〇万〇〇八〇円について、原告及び同様の譲渡通知を受けた訴外有限会社中山総業を被供託者として、右各債権には譲渡禁止特約が付されているが、その存在につき原告らの善意・悪意が不明で、真の債権者を確知できないとの供託原因により、平成六年五月三一日、これを東京法務局に弁済供託したところ、原告は、その後、右供託金の還付を受けた。

5  (まとめ)

よって、原告は、被告に対し、本件譲受債権(一)(2)の残金二四三六万三六四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年一一月九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(本件貸金の存在)及び同3(債権譲渡)のうち、債権譲渡の各事実は不知。

2  同2(本件譲受債権の存在)、同3のうち、債権譲渡の通知及び同4(被告の弁済・供託)の各事実は認める。

三  抗弁

1  (譲渡禁止特約)

(一) 本件請負代金債権(一)(1)(2)の各専門工事請負契約(以下、両者を併せて「本件請負契約」という。)には、「当事者は、あらかじめ相手方の書面による承諾を得ないかぎり、第三者にこの契約によって生じる権利を譲渡し、義務を引き受けさせてはならない。」との特約(以下「本件譲渡禁止特約」という。)がある。

(二) 標準的な建設工事請負契約に関する約款である「四会連合協定工事請負契約約款」では、建設工事請負代金債権について債権譲渡禁止特約条項が存在し(同約款第五条)、建設工事請負契約の多くは右約款によっている。また、元請業者と下請業者との関係を定める契約の基本的部分も、右約款に範をとっている。原告は、金融業者であり、信用調査を十分になしうる立場にあり、金銭を貸し付けた土木建設業界関係者から建設工事請負代金を譲り受けあるいは担保としてこれを取得することを繰り返し行っているのであるから、下請契約をも含む建設工事請負契約による代金債権について原則として譲渡禁止特約が付されていることは、日常の業務から容易に知ることができる。従って、原告は、訴外会社から本件請負代金債権を譲り受けた際、本件譲渡禁止特約の存在を知っており、かりに善意であったとしても、右譲渡を受けようとするときは、予め譲渡禁止特約の有無について調査すべきであるのに、原告は、これを怠り漫然と本件債権を譲り受けたから、右特約の存在を知らないことにつき重大な過失がある。

2  (訴外会社に対する立替金の控除)

被告は、平成六年四月一二日、同月一三日及び同月一九日の三日間にわたり、訴外会社の下請業者に対して賃金等合計金二四五四万四九二〇円を立替払した。これは、被告と訴外会社との間で取り交わされた本件専門工事請負契約約定書第三三条の規定によるものであり、同条によれば、被告は、右賃金等の支払分を訴外会社に対する立替金として本件請負代金債権から当然に差引控除することができる。

債務者は、債権譲渡通知到達後に生じた事由を譲受人に主張できないのが原則ではあるが、譲渡禁止特約は、支払までに発生したあらゆる事由をもって譲渡人に対抗するためになされるのであるから、仮に譲受人が譲渡禁止特約の存在につき調査義務を減免されるというのであれば、債務者はその反面、債権譲渡通知到達後の事由であっても譲受人に対抗できると解さないと、譲渡禁止特約の存在意義が著しく減殺される。被告は、右約定書により、右立替払をしたのであるから、原告に本件譲渡禁止特約の調査義務がない場合、右立替金債権と本件請負代金債権との差引計算をもって原告に対抗することができる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(譲渡禁止特約)(一)の事実は不知。同(二)のうち、原告が金融業者であり、土木建設業界関係者から建設工事請負代金を譲り受けあるいは担保としてその取得を繰り返し行っている事実は認め、その余の事実は否認する。

工事請負契約に権利の譲渡禁止特約が付されるのは、注文者と請負人間の信頼関係が基礎となっていること、請負人の義務の履行は長期間を有すること、工事完成前に代金債権の譲渡を認めると請負人に義務のみを残す結果となって、満足な義務履行が期待できないことが主たる理由である。従って、工事完成後は、代金支払債務のみが残存し、譲渡禁止特約は注文者にとって意味が失われるのであるから、もはや請負者に代金債権の譲渡禁止の特約の効力が及ばないと解することも合理性がある。また、本件請負契約は建設業者と専門工事業者との間の下請契約であり、かかる下請契約は口頭でなされ、契約書等の書類の調査が不可能であることが多い。しかも、原告が譲渡を受けた被告の訴外会社に対する請負代金債権のうち金一二万三六〇〇円については、譲渡禁止特約が存在しないとして原告は被告から支払を受けているのであるから、残余の債権についても譲渡禁止特約が存しないと信ずるのが合理的である。原告は、本件請負代金債権の譲渡を受ける際、訴外会社から提示された請求書を基礎に既発生の譲受債権の存否・内容を確認したものであり、これによって、調査義務を十分に尽くしたというべきであり、それ以上に契約書等の債権発生の根拠たる書面を検討して譲渡禁止特約の有無を確かめるべき義務はない。

2  抗弁2(訴外会社に対する立替金の控除)の前段の事実は不知、後段は争う。被告が訴外会社に対する立替金債権を取得したのは、債権譲渡通知の後であるから、被告は右立替金の控除をもって原告に対抗することはできない。

五  再抗弁

かりに、原告が本件譲渡禁止特約の存在につき悪意又は重大な過失があるとしても、被告は原告に対し、平成六年四月一一日、本件譲受債権の内容は譲渡通知書記載のとおりで間違いないと思われるが、確認でき次第連絡すると述べ、さらに、同月二〇日ころ、右譲受債権額はほぼ誤りはないが、譲渡通知が競合しているので、全額を弁済供託するとのみ告げ、右譲渡禁止特約の主張は一切しておらず、真の債権者であれば支払をする意思を表明し、右譲渡につき承諾を与えた。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因2(本件譲受債権の存在)、同3(債権譲渡)のうち、債権譲渡の通知及び同4(被告の弁済・供託)の各事実は、当事者間に争いがなく、証人大橋幸男の証言及び弁論の全趣旨によれば、同1(本件貸金の存在)及び同3の債権譲渡の各事実を認めることができる。

二  そこで、抗弁1(譲渡禁止特約)につき判断する。

1  乙第一号証、同第二号証の一及び弁論の全趣旨によれば、本件譲渡禁止特約の存在を認めることができるから、原告が右特約の存在を知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで、本件譲受債権の譲渡を受けたときはその効力を生じない。

2(一)  被告は、原告は本件譲受債権の譲渡に際し、本件譲渡禁止特約が付されていることを知っていたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

(二)  しかしながら、原告が金融業を営み、金銭を貸し付けた土木建設業界関係者から貸金債権の担保として請負代金を譲り受けることを日常の業務として行っていることは当事者間に争いがないところ、甲第一号証の一ないし四、同第二号証の一ないし三、同第三号証、乙第一号証、同第二号証の一ないし五及び証人大橋幸男の証言によれば、原告は、右金融業のほか、信用調査並びに建設工事用防音、防火、防災及び安全に関する設備機器システム、建築用安全用品のリース等の営業を行っていること、原告は、平成五年一二月二〇日ころから、訴外会社に対し、金融取引を行うようになり、数回にわたり、訴外会社に対し金銭を貸し付けていたこと、原告は、訴外会社の貸金債権を担保するため、同会社が取引先に対して有する売掛債権の譲渡を受けるなどしていたが、訴外会社は、平成六年三月ころ、手形不渡りを出して倒産したこと、原告の訴外会社に対する本件貸金債権残額は、同月末日当時、元金六八九六万五三三一円であったこと、原告は訴外会社に対し、本件貸金債権の担保として、同会社の売掛債権を譲渡するよう求めたところ、同月四月六日、訴外会社から工事内容の明細を付した被告宛の請求書二通がファックスで送付されてきたこと、原告の担当者大橋幸男(以下「大橋」という。)は、同月七日、右請求書から本件譲受債権を特定し、所定の債権譲渡通知書用紙の債権の表示欄に右債権の内容を記載し、通知人欄の訴外会社名下に代表者印の押印をさせたうえ、右債権通知書を被告に送付したこと、大橋は、その数日後、被告に架電して本件譲受債権の支払を受けるにつき問い合わせをし、さらにその一週間後再度、被告に架電し、被告の担当者から、債権額は右通知書の記載どおりであるが、支払については被告の顧問弁護士と相談する旨の回答を得たこと、本件請負代金債権(一)(1)、(2)に関しては、定型用紙を用いた、被告と訴外会社間の注文書及び注文請書が作成されているが、右注文書には、「この注文をお引受けのときは、添付専門工事請負契約約定書を承諾のうえ注文請書を直ちに提出します。」との記載が(「添付専門工事請負契約約定書を承諾のうえ」の部分はゴシック体で印刷されている。)、また、同注文請書には、「下記のとおりご注文をお引受けしました。この契約の履行に当たっては、貴社の専門工事請負契約約定書を順守します。」との記載があり、右専門工事請負契約約定書の第四条に、本件譲渡禁止特約条項が存在すること、大橋は、訴外会社と被告との取引につき、訴外会社からその取引関係を示す書類を見せてもらい、平成五年一二月ころ、右注文書の定型用紙を見たことがあるが、被告からの入金状況を確認したのみで、本件譲渡禁止特約の存在についての調査はしていないことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、金融業者であり、日常、金銭を貸し付けた土木建設業界関係者から貸金債権の担保として請負代金債権を譲り受け、貸付先等の信用調査、債権管理回収の業務を行っており、右金融業のほか、信用調査並びに建設工事用防音、防火、防災及び安全に関する設備機器システム、建築用安全用品のリース等の営業をも行い、かつ、原告の直接の担当者において、本件譲渡禁止特約の存在を窺わせる注文書を見ているのであるから、その経験や契約当事者間の信頼が要求される工事請負契約の性質に鑑み、原告は、本件請負代金債権に譲渡禁止特約が存在することを容易に予見することができ、したがって、訴外会社から本件工事代金債権の譲渡を受けるに当たっては、訴外会社あるいは被告に対し確認するなど、右譲渡禁止特約の有無につき調査すべきであったものであり、これを怠り、漫然本件請負代金債権を譲り受けたのは、右特約の存在を知らないとしても、そのことにつき重大な過失があったものというべきである。

3  原告は、工事完成後は代金支払義務のみが残り注文者にとって譲渡禁止特約の意味が失われ、また下請契約は口頭でなされることが多いのであるから、元請契約の場合と事情が異なり、契約書等を確認する義務はない旨主張する。

しかし、工事請負契約において工事が完成した後においても、請負人の瑕疵担保責任等の義務があり、代金支払まで譲渡禁止特約の意味が失われることはない。また、乙第一、第二号証の一によれば、被告と訴外会社間の本件請負契約は建設業者と専門業者との間の下請契約であると認められるが、被告は大手の建設業者であり、本件請負契約について注文書及び注文請書が取り交わされ、原告の担当者大橋において右注文書の定型用紙を見ていることは、前示認定のとおりであるから、下請契約であるからといって原告は前記調査義務を免れるものではないというべきである。

なお、証人大橋幸男は、原告は従前にも多数回にわたり同様の方法で請負債権の譲渡を受け、何ら問題なく回収されていた旨証言するが、かりにこのような事実があったとしても、右判断を左右しない。

4  原告は、本件請負代金債権のうち(二)の金一二万三六〇〇円については譲渡禁止特約がないとして被告から支払を受けたので、同(一)(1)(2)の債権についても譲渡禁止特約がないと信じたことに合理性がある旨主張するが、そもそも右特約についての重過失の有無は債権譲渡の時点において判断すべきであり、右主張は通知後の事情を述べるに過ぎず失当である。

三  次に、原告は、本件譲渡禁止特約の存在につき重大な過失があるとしても、被告は、原告が本件請負代金債権の譲渡通知をした後において、右譲渡を承諾した旨主張する。

しかし、原告担当者大橋の被告担当者に対する本件譲受債権の支払の照会及びその回答の経緯は、前示認定のとおりであるところ、被告担当者は、債権額は譲渡通知書の記載どおりであると答えたものの、その支払については、被告の顧問弁護士と相談する旨述べているにすぎないのであるから、右回答のみによって、被告が原告に対する本件請負代金債権(一)(1)(2)の譲渡につき承諾を与えたことを認め難い。また、甲第五号証によれば、被告は、右請負代金を弁済供託するに際し、供託原因として、同債権には譲渡禁止特約が付され、原告と有限会社中山総業の悪意・善意が不明であるため、真の債権者を確知できない旨記載していることが認められるが、右記載から、被告は本件譲渡禁止特約の主張をしていることは明らかであり、譲渡禁止特約につき悪意又は重過失があるにもかかわらず、真の債権者であれば支払をする意思の表明と解することはできない。そして、他に原告主張の承諾の事実を認めるに足る証拠はない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

四  以上のとおり、原告の本訴請求は、理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長野益三 裁判官玉越義雄 裁判官名越聡子)

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